秩父神社
埼玉県秩父市番場町1-3
tel:0494-22-0264
秩父神社(ちちぶじんじゃ)
知知夫国一之宮(新一之宮)、旧国幣小社
御祭神は、八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)、知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)、
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を主祭神とし、昭和28年に秩父宮雍仁親王が合祀されました。
創建は平安初期の典籍『先代旧事紀-国造本紀-』によれば、第十代崇神天皇の御代に
知知夫国の初代国造に任命された八意思兼命の十世の子孫である知知夫彦命が、
祖神をお祀りしたことに始まるとされており、
武蔵国成立以前より栄えた知知夫国の総鎮守として現在に至っています。
元慶2年(878年)には神階正四位下に進み、延長5年(927年)に編算された『延喜式』にも掲載されるなど、
関東でも屈指の古社のひとつに数えられています。
南門の一ノ鳥居
狛犬
参道
神門
柞の禊川(ならのみそぎがわ)
御神木:大銀杏
境内・正面に拝殿
拝殿
御社殿は、本殿・幣殿・拝殿が並ぶ権現造り。
その壁面に施された色彩豊かな装飾が目を引く。
御社殿は、戦国時代に兵火によって消失したものを、天正10年(1592年)に
徳川家康公が代官である成瀬吉衛門に命じ再建させたもの
拝殿
子宝・子育ての虎
寅の年 寅の日 寅の刻生まれの家康公。
それにちなんでか、拝殿前は四面にわたってすべて
虎の彫り物が施されている。
特に拝殿正面左より二つめの、子虎とたわむれる親虎の彫刻は、
名工左甚五郎が家康公の威厳とご祭神を
守護する神使として彫刻したものと伝えられている。
御本殿
東側面に「つなぎの龍」、北側面に「北辰の梟」、西側面に「お元気三猿」の
装飾が施されている。
虎の門
つなぎの龍(伝・左甚五郎作)
その昔、秩父の池に住みついた龍があばれた際、この彫り物の龍が鎖でつなぎ止めたところ、その後、龍は現れなくなったという不思議な伝説が伝わっている
北辰の梟(ほくしんのふくろう)
体は正面のご本殿に向き、頭は正反対の真北を向いて昼夜を問わずご祭神をお守りしている
お元気三猿
日光が古来の庚申信仰にちなんで「見ざる・言わざる・聞かざる」なのに対し、当社の三猿は「よく見・よく聞いて・よく話そう」ということで、俗に”お元気三猿”として親しまれている
下の宮参道
天神地衹社
全国の一ノ宮(計七十五座)をお祀りしている。
左から、埴山大神・田村大神・石上大神・軻遇突智大神、若狭比古大神・大物忌大神・罔象女大神・句句津馳大神、
津島大神・真墨田大神・金山大神・木船大神、天手長大神・和多津美大神・杵築大神・枚聞大神・丹生大神、
南方大神・安房大神・中山大神・安任大神・箱崎八幡大神、砥鹿大神・都々古和気大神・白山比咩大神・籠大神・西寒多大神、
伊射波大神・寒川大神・香取大神・倭文大神・鹿児島大神、松尾大神・都佐大神・春日大神・粟鹿大神・伊和大神、
加茂大神・大鳥大神・鹿嶋大神・出雲大神・吉備津大神、三輪大神・都波岐大神・二荒大神・玉前大神・渡津大神、
宇佐八幡大神・都濃大神・玉祖大神・水無大神・宇倍大神、高良大神・高瀬大神・住吉大神・建部大神・由良姫大神、
浅間大神・大麻比古大神・枚岡大神・貫前大神・龍田大神、氣多大神・熊野大神・敢国大神・氷川大神、
弥彦大神・厳島大神・阿蘇大神・氣比大神、廣瀬大神・三島大神・物部大神・事麻智大神
額殿の天狗面
皇大神宮
御祭神:天照大御神
豊受大神宮
御祭神:豊受大御神
御社殿左手の杜
日御碕宮(ひのみさきぐう)
御祭神:須佐之男命
諏訪神社
柞稲荷神社
乳銀杏
女性のふくよかな乳房のような形から、乳銀杏と呼ばれている
神降石
末社
右手より、東照宮、天満天神宮、禍津日社
御神木・大銀杏の周辺はとても強い気が漂っていた
ご神体山・武甲山(ぶこうざん)