© ぶらり寺社めぐり

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出雲大社

島根県出雲市大社町杵築東195

tel:0853-53-3100

出雲大社(いずもおおやしろ)

出雲国一之宮、旧官幣大社
御祭神は、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)です。


明治4年までは「杵築大社(きずきたいしゃ)」と呼ばれていました。
下記の「国譲りの神話」によって築かれた社であると伝えられています。
「杵築大社(出雲大社)」は当時の日本において最大の建築物とされ、「雲太、和二、京三 
(一番大きな建築物が出雲の杵築大社、二番目に大和の東大寺大仏殿、三番目が平安京の大極殿)」との数え歌が残っています。

 

≪国譲り神話≫
大国主命が「葦原中国(地上)」の国造りを進めるころ、高天原の天照大御神は「葦原中国を統治すべきは、
天照大御神の子孫である」と宣言をします。
天照大御神は葦原中国を統治下におくべく、高天原の神々を地上に派遣しますがことごとく失敗してしまいます。
天照大御神をはじめとする神々は頭を悩め、剣と雷の神である「建御雷神(ためみかづちのかみ)」を派遣。
武による威嚇をもって大国主命に「国譲り」を迫ります。
この申し出に対し、大国主命は息子達に意見を求め、「事代主(ことしろぬし)」は建御雷神の申し出を承諾、
「建御名方(たけみなかた)」は申し出に不服を抱き、建御雷神に力比べを申し出ますが敗北。
この結果を見て大国主命は、「天の御子が住むような立派な宮殿を作ってくれるならば」との条件で国譲りを承諾し、
高天原に復命をすることになります。この社こそ「杵築大社(出雲大社)」であると伝えられています。

出雲大社の一の鳥居
境内からかなり離れており、徒歩だと10分ほど歩くことになる。

二の鳥居と社号標
出雲市街から車で10分ほどの地に鎮座。
ついに出雲大社に参拝。参拝日は、2009年4月18日

長い参道。
まだ朝の7:30ごろなので、参拝者はあまりいない。
空気が実に清々しい

参道横には様々な樹木が植えられている

参道右に鎮座する祓社

参道にかかる神橋。その奥に三ノ鳥居

参道横の景勝。
特に右から望むことができる山々が素晴らしい。

思わず感嘆の声をあげてしまった

参道の先に社殿。かなり嬉しい。
御本殿は情報通り工事中

大国主の神話を銅像で再現。
こちらは因幡の白兎

こちらは幸魂・奇魂である「大物主命」と
遭遇する大国主

銅鳥居
寛文六(1666)年、毛利綱広公の寄進。
奥に拝殿。その奥に改装工事中の御本殿

雲一つない空の下、勇壮な佇まいの出雲大社。
背後の山々から、気が流れ込んできているようだ

拝殿
何といっても注連縄が印象的

拝殿の注連縄(写真左)と拝殿を横から(写真右)

御社殿遠景

御本殿の屋根を望む。
すべてが覆われているのかと思ったら、鉄骨の枠で
囲まれているだけだった。ちょっと嬉しい

八足門

廻廊の隙間から望む楼門と神饌所

境内向かって右側に鎮座する釜社(かまのやしろ)
御祭神:宇迦之魂神(うかのみたまのかみ)

釜社に並ぶ十九社(じゅうくしゃ)
御祭神:八百萬神(やおよろずのかみ)

境内の向かって右から望む社殿

御本殿を右から

御本殿の向かって右手の鎮座する、
御向社(みむかいのやしろ)

御祭神:須勢理比売命(すせりひめのみこと)※写真左
天前社(あまさきのやしろ)

御祭神:蚶貝比売命(きさがいひめのみこと)※写真右

境内左側の十九社

氏社(うじのやしろ)※奥側
御祭神:天穂日命(あめのほひのみこと)
氏社(うじのやしろ)※手前側
御祭神:宮向宿祢(みやむきのすくね)

境内左側より望む、御本殿の屋根

御本殿の向かって左手に鎮座する
筑紫社(つくしのやしろ)
御祭神:多紀理比売命(たぎりひめのみこと)

素鵞社(そがのやしろ)遥拝所
御祭神:素戔鳴尊(すさのおのみこと)
御本殿の後方に鎮座しているが、工事中のため参拝できない

境内左側の末社群

境内

境内の苔

境内の苔

神楽殿

神楽殿

出雲大社背後の山々。
手前に歴史博物館。
出雲大社の境内から徒歩10分

出雲大社の地中より出土した「宇豆柱」
博物館内には、出雲大社縁の宝物や展示品が多数陳列。
非常に魅力的でかなりお勧め

         

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